【活動報告3月】青連協連絡協議会のセミナー参加

平成30年3月2日、法人会青年部会の青連協連絡協議会のセミナーに参加して参りました。
全体
本年度の青連協連絡協議会セミナーの講演は、男子400mハードルの日本記録保持者(2017年12月現在) オリンピックや世界陸上選手権でのメダル獲得者である、為末大氏の講演を聞いて来ました。
ちょうど平昌オリンピック後でしたので、オリンピックネタからのお話でスピードスケートの成果は、科学班が出来て、流体力学の分析力の高さがメダル獲得のカギになった様に今はスポーツの世界もデータが重要になっているそうです。
為末大氏は子供の頃から足が速く、よく野球で代走の助っ人を頼まれて盗塁だけで1点を取っていたそうです。
しかし、早熟型と言う早くに体が出来上がるタイプの為、中学から高校に入ってタイムが良くならず、それで18歳の時に、短距離から可能性のあるハードルに転向したのですが、その際に為末大氏は自分で考えるタイプなので、コーチの居ない大学に進んだ事が人生の転機になったそうです。
スポーツ選手は、新記録、世界一が目標であり、その為に選手にとってのハードルは、自分の頭の中にある壁を取り除く事で、先入観、経験則、思い込みと言った、マインドセットを行う事で、その繰り返しだったとの事です。
「2000年の初めてのオリンピックではハードルに足をひっかけ転倒してしまった。1台目のハードルを越えた時から、いつもと何かが違うと感じていたのですが、修正出来ずに終わってしまった。帰国後も2カ月近くグランドに行けなかったそうです。
今思えばこのどん底の底打ち体験があったから、しっかり底を蹴り上がり、立ち上がれたのだと思う。スポーツの世界は考えなくても出来ている様にするのですが、何も考え無い事の方が難しく、多くの選手はそこに悩み、パニックや緊張すると考えが固定化されてしまう。
冷静になぜ転倒したのかを分析すると、ハードルの難しい点は決まった場所に足を置いて走る事で、1台目のハードルを3センチ早く飛ぶと10台目のハードルでは30センチのズレになってしまっていた。ではなぜ、焦ったのかを考えると、普段は日本人選手としか走っておらず、回りが外国人選手ばかりで、体格差からいつもより速く走らないと勝てないと感じてしまったからだと考え、周囲に海外のレースに出たいと話し回り、運良く、ローマ、クロアチア、スイス、パリと8日間で4ヶ国の陸上大会に参加し、最初のローマでは気が付けば、オリンピックで1位の選手より先を走っていた事で自信になった。世界ランキングも32位から5位になり、その後の世界陸上エドモントン大会で3位銅メダルは日本人短距離初メダルで3ヶ月位チヤホヤされたが、年明けのテレビ番組でこれからの目標は?と聞かれて思い付かなかった。燃え尽き症候群に落ちいっていた。
他のスポーツ選手で何度もメダル獲得している人達は最初の目標設定が違っているのだと思う、自分は金メダルが目標ではなかっただけと思っているし、そう答えている。4年後の大会で銅メダルが取れたのは、勝負師としての感で、当日の天候が不安定でレースが中止か続行かの情報が混乱して若い選手の集中力が切れていたので、入賞の可能性が見えて、敢えて最初のハードルを全速力で越え、他の選手が出遅れた様に感じさせられれば勝てると考え、レースに臨んだ。」との裏話も交えての楽しい話しでした。
最後の、質疑応答で、選手人生においてコーチをつけなかった事をどうお考えですか?の問いには、コーチをつけなかった事は後悔していないが、最近の選手はメンタル面でのコーチをつけているが、そう言ったコーチはつけても良かったかなぁと思っています。と答えていました。
講師
相模原法人会青年部会でも経営スキルとしてコーチングの研修会なども開催しており、会の研修会の方向性の正しさを確認させていただきました。

青年部会 部会長
佐藤 俊太郎

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